【DaiGo炎上】ホームレス支援に参加している学生の考察

医学生

メンタリストDaigoさんの発言は命の重さに優劣をつけて押し付けているように感じましたよね。

僕は、現在ホームレスの方々を支援するボランティアをしているので、ホームレスの方々やボランティアに関わる人のことを少しは知っています。

今回の炎上についてボランティアに参加している学生の立場からの意見を述べたいと思います。

いのちの重さに違いがあるの?

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メンタリストDaiGoさんの今回の発言の良くない点

メンタリストDaigoさんは「生活保護の人たちに食わせるカネがあるのなら猫を救って欲しい」「自分にとって必要の無い命は僕にとっては軽い」「ホームレスの命はどうでもいい」といった発言をしています。

ホームレスや生活保護を受けて暮らしている人はいなくなってもいいようにとれる発言をして、この考えを視聴者に押し付けてますね。この動画を見て、ホームレスは必要ないと排除する行動をとる人や小さい子供が影響を受ける可能性があります。

また、思ったことをすべて口に出していたら生きていけません。わざわざ目の前で相手の容姿を非難していたら大変なことになります。先生や上司にハゲとかデブとか思っても言わないですよね。町中で自分の好みじゃない子にブスとかいきなりいいませんよね。

全てを言語化すると傷つく人がいるという人の心理がわからなかったことが今回の炎上につながってしまったのかと思います。

いのちの重さについて【実際にボランティアをしている視点から】

ホームレスの方であろうと、生活保護受給者の方であろうといのちの重さは変わりません。

ボランティアをして感じることとしてはホームレスの生活をほんとに好きでやっている人はほとんどいません。どうにかして抜け出したくても家族に連絡されるのが嫌であったり、生活保護の申請をする勇気がなかったりとそれぞれに抜け出せない理由があります。

生活保護受給者の方々もそれぞれの事情がありどうにか生活をするために藁にもすがる思いで受給している方々が多いと思います。

誰しも失敗してしまうことはありますし、頑張れないときもあります。「頑張れない≠いのちの価値がない。」だと思います。頑張れなくても生きていいし、ときには休むことが大切なときもあります。

僕だって毎日24時間常にがんばれているわけではなくだらけていることもります。人生で失敗しても恵まれた環境だったから今の生活ができていると感謝しています。

人それぞれ生まれた環境や能力も違います。どんな境遇にいるひとも最低限の生活は保証されるべきです。

メンタリストDaiGoさんの炎上に加担している人→君たちは完璧なのか?

個人的に疑問なのですが、メンタリストDaiGoさんをとにかく叩いたり、罰を与えたいといっている人たちはホームレスの方々がいても全く不快に思ったりしたことはないのでしょうか。

ホームレスのボランティアに参加させていただいている僕ですら匂いがきついなと感じてしまうことやマスクしてないけどコロナにならないかなと心配してしまうことがあります。

したがって、メンタリストDaiGoさんの発言は良くなかったとしても彼を徹底的に叩いて制裁を加えたいと思えません。

ホームレスの支援などのボランテイアに参加したことがある人は少ない気がしています。ボランティアに参加もしていない人が書いている記事や意見などをみると説得力にかけるなと思っています。

僕自身は完璧ではないしときにはよくない考えをもつこともありますし、これからもたくさん失敗をすると思います。

今回の発言がよくないと意見をもっています。一方で、炎上して誰かが叩かれているのをみるとあまり楽しい気分になれません。人の不幸自体楽しいと思えません。

そもそも、ホームレスの支援に参加させて頂いているのは、一度なにかで失敗してもちゃんとした生活を送ってほしいと思っているからです。失敗している人を叩いて罰を受けさせるという考え自体が好きになれません。

今回の事件を通して、多くの人がボランティアに参加するきっかけになったり生活保護をとりやすい社会に動けばいいと思っています。

まとめ【いのちに優劣はない】

大学生活最後の一年となり、2つのボランティア団体に所属し活動するようになりました。ボランティアで社会的に弱い立場にある人と触れ合っていく中で、いのちに優劣はなく、皆が一生懸命に生きていると感じています。

僕自身が完璧でないため、誰かを叩いている人は、叩くだけの完璧な思想を持っていて、それに見合うボランティアなどの行動をしているすごい人たちなんだろうなと尊敬します。

一度失敗した人、ホームレスや生活保護受給者、たとえ間違った発言をしてしまった人だろうとやり直すチャンスがあってほしいと思います。僕自身は、間違っていることを間違っていると指摘はしつつも、制裁を加えるのではなく、失敗した人を責めないで援助できる人間になりたいと思っています。