【書評・要約】嫌われる勇気-岸見一郎【マインドマップ紹介】

「嫌われる勇気」という本を書店で見かけたことがある人は多いのではないでしょうか?この本はフロイト、ユングと並び「心理学の三大巨頭」と称される、アルフレッド・アドラーの思想(アドラー心理学)を、わかりやすい対話形式でまとめたものです。

僕がこの本を読んでから1年以上がたってもまだ書店で大々的に売り出されているので読みなおしました。

そしてマインドマップにまとめました。

本を読むことが苦手で興味はあったけど読んでいないという人はこの記事を読めば嫌われる勇気の重要な部分は理解できます。読んだことがある方は僕の解釈と比べながら読んでいただけると面白いと思います。

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目的論

「目的論」とはいまやっている行動はどんな行動であっても「目的」を達成するために行動しているという考え方です

これに反対する考えとしてフロイト的な「原因論」というものがあります。

例えば、引きこもりになってしまった人がいるとします。

引きこもりになってしまったのは、親との関係や学校や職場でのいじめが原因かもしれません。

その過去のひどい体験によって結果として現在引きこもりになっていると考えることが「原因論」です。

アドラー心理学ではこれを否定します。

目的論では、引きこもりになっているのは「外に出たくないから、不安という感情を作り出している」と考えます。

では、外に出ないことに何か目的があるのでしょうか?あるのです。

「親からの注目を一身に集めることができる。丁寧に扱ってくれる。」

という目的です。

この目的論は感情のコントロールにも使うことができます。

怒りという感情を例に挙げます。母親と口論になったことはだれしもあるでしょう。その口論の途中に電話がかかってきたら母親は声色を一瞬で変えますよね?

そして、電話が終わったら血相を変えて再び怒鳴り始めます。このとき怒りは出し入れ可能な道具となっています。電話がかかってくれば怒りを引っ込めることもできるし、受話器を置いたら再び持ち出すこともできるのです。

このときの母親の目的は、ただ大声で子供を威圧するため、それによって自分の主張を押し通すために、怒りの感情を使っているのです。

ここまでで納得できる部分もあると思いますが納得できない部分もあると思います。

例えば、自分の嫌な部分を変えようとしないことに目的なんかあるのかよって反論もありますよね。僕も最初はそう考えていました。

しかし、目的があるのです。自分を変えるときそこにはリスクが付きまといます。

周りからいきなりイメチェンして調子乗ってると思われることもあるでしょう。もっと努力しなければならなくなることもあるでしょう。もっと苦しく、不幸な未来になる可能性も否定できません。

自分を変えないことに目的があるのです。それを選ぶのは自分です。

これが「目的論」という考え方です。

人生の悩みはすべて対人関係の悩み

これはサブタイトルのとおり「人生の悩みはすべて対人関係の悩み」というのがアドラーの考えです。個人レベルの悩みもあると考えますよね?

例えばお金の問題は個人のレベルの問題な気がしますよね?でも宇宙にあなた一人しかいないならお金の意味がなくなるのです。

宇宙に自分ひとりしかいない状況を考えてみて下さい。仕事、受験。家庭、お金、恋愛、友人関係などの悩みはありますか?宇宙に自分一人しかいない状況の場合、これらの悩みは消え去ります。

これが人生の悩みはすべて対人関係の悩みということの証明となるのです。

人生のタスク

アドラー心理学では人間の行動面と心理面のあり方についてはっきりとした目標を掲げています。

行動面の目標
①自立すること
②社会と調和してくらせること
心理面の目標
①わたしには能力がある、という意識
②人々は私の仲間である、という意識

そして、これらの目標は「人生のタスク」と向き合うことで達成できるのです。

「人生のタスク」は「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」の3つに分けられます。

①仕事のタスク

どんな種類の仕事でも一人で完結する仕事はありません。

例えば、本の出版の執筆は筆者がする自己完結的な作業です。しかし、編集者、装幀家、印刷所の方、流通、書店の方々の協力がないと成立しない仕事です。

ただし、仕事の対人関係はもっともハードルが低いのです。仕事の対人関係は、成果というわかりやすい共通の目標があるので、少しくらいきが合わなくても協力できるし、協力せざるを得ないところがあります。

そして、「仕事」の一点によって結ばれている関係であるかぎり、就業時間が終わったり転職したりすれば、他人の関係に戻れます。

この一番ハードルが低い対人関係につまずいてしまったのがニートや引きこもりです。

何社にも履歴書を送り、面接を受け、何回も不採用の通知を受け取る。自尊心を傷つけられる。あるいは、仕事で大きな失敗をする。自分のせいで巨額の損失を会社に出してしまう、

これらは仕事がいやになったのではないのです。仕事を通じて他者から批判され、叱責されること、無能の烙印を押され、「わたし」の尊厳を傷つけられることが嫌なのです。

②交友のタスク

「交友のタスク」とは仕事を離れた、もっと広い意味での友人関係のことです。学校や職場などの「場」が提供されていれば関係を築ける。しかし、個人的な友人関係にまで踏み出すことが難しいという人は多いのではないでしょうか?

アドラー心理学は他者を変えるための心理学ではなく、自分が変わるための心理学です。

自分から一歩を踏み出して友人関係にまで発展させることが大事なのです。

③愛のタスク

「愛のタスク」は一つは恋愛関係、もう一つは家族との関係、特に親子関係のことです。

愛のタスクがすべてのタスクの中でもっとも難しいです。

例えば、友人関係から恋愛に発展したとき、友達の間では許せていた言動が、許せなくなることがあります。具体的には、異性の友達と遊びに行くことや異性との電話だけで嫉妬したりします。それだけ距離も近いし、関係も深いのです。

しかし、アドラー心理学では相手を束縛することを認めません。相手が幸せそうにしていたら、その姿を素直に祝福できる。それが愛としています。

一緒にいて、どこか息苦しさを感じたり、緊張を強いられるような関係は、恋ではあっても愛ではない。愛を実感することができるのは「この人と一緒にいると、とても自由に振る舞える」と思えたときです。

劣等感を抱くでもなく、優越性を誇示する必要にも駆られず、平穏な、極めて自然な状態でいられる、これが本当の愛です。

ただし、恋愛関係や夫婦関係には「別れる」という選択肢があります。

しかし、親子関係では原則としてそれができません。

つまり、恋愛関係は赤い糸で結ばれた関係としたとき、親子関係は強固な鎖で結ばれた関係と考えられるということです。

親子関係の難しさはここにあります。では、どうすればよいと思いますか?大事なことは逃げないということです。アドラー心理学は勇気の心理学です。最終的に断ち切ることになるとしても、立ち止まらず、向き合うことが大事だとアドラーは言います。

承認欲求の否定

アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定します。

なぜ、ひとは承認を求めると思いますか?

身近な場面で考えてみましょう。たとえばあなたが職場や学校に朝早く行ってごみ拾いをしたとします。それでも周囲の人々はまったく気づかない。あるいは、気づいたとしても誰からも感謝されない。

この状況のときあなたはごみ拾いを続けますか?

あなたはほめられないならやる気がなくなりやめてしまうかもしれません。

これは賞罰教育の影響です。賞罰教育とは「ほめてくれる人がいなければ、適切な行動をしない」「罰する人がいなければ不適切な行動もとる」という誤ったライフスタイルです。

ここで、ただ好きな人、身近な人から受け入れられたいと思っているだけだと反論するかもしれません。

でも、それも大きな間違いなのです。僕たちは「他者の期待を満たすために生きているのではない」のです。これがアドラーの考えです。

この考えを理解するために「課題の分離」という考え方が必要になります。

課題の分離

「課題の分離」とはこれは誰の課題なのか?という視点から、自分の課題と他者の課題とを分離していく考え方です。

たとえば子どもが勉強しないでいるとします。この「勉強する」という課題は「子どもの課題」であり、親の課題ではありません。このとき親が「勉強しなさい」と命じることは他者の課題に対して、土足で踏み込むことです。

あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むこと、あるいは自分の課題に土足で踏み込まれることによって引き起こされます。よって、他者の課題には踏み込まないことが重要になります。

いやいや、子供がほっといて勉強するわけがないと考える人もいるでしょう。「子どもに勉強させること」は親の課題だと考える人もいるかもしれません。

しかし、親たちは自分の目的のために動いています。具体的には、世間体や見栄や支配欲などです。では、勉強は子どもの課題だから放置するのが正しいというのがアドラー心理学なのか?と考えるかもしれません。

ここで注意しなければならないのはアドラー心理学は放任主義を推奨していないということです。

放任とは、子どもがなにをしているのか知らない、知ろうともしない、という態度です。そうではなく、子どもがなにをしているのか知った上で、見守ること、勉強についていえば、それが本人の課題であることを伝え、もしも本人が勉強をしたいと思ったときにはいつでも援助をする用意があることを伝えておく。けれども、子どもの課題に土足で踏み込むことはしない。頼まれもしないのに、あれこれ口出してはいけないのです。

【まとめ】 嫌われる勇気

アドラー心理学の考え方を知るだけでも生き方が楽になります。

課題の分離をもう少し掘り下げると、「信用」と「信頼」の違いに行きつくと考えます。

「信用」とは条件付きの話です。銀行がお金を貸すとき担保として家や車などがあればそれに応じてお金を貸してくれます。

これに対して「信頼」とは、他者を信じるにあたって、一切の条件をつけないことです。

無条件で信頼して裏切られることもあるかもしれません。

でも、想像してみてください。あなたが裏切ってもなお、無条件に信じ続けてくれる人を。あなたは何度もその人を裏切ることができますか?

それに疑いの目を向けていることを相手は一瞬で察知します。そこからは前向きな関係を築くことは難しい。無条件の信頼を置くからこそ、深い関係を築けるのです。

たとえばあなたが食べ放題でたくさん食べていたとします。このとき人によってはがっついてみっともないと考える人がいます。一方でいい食いっぷりだな。とプラスにとらえる人もいるでしょう。

人間関係において僕たちは「僕たちがどうするか」だけを考えればいいのです。他者がどうとらえるかは僕たちの問題ではなく相手の課題です。

たとえ、嫌われても自分のタスクに集中し自分の人生を生きていくことでより良い人生にしていきたいですね。

 

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